Share

第12話 第二王子

last update Last Updated: 2025-06-19 14:56:47

「なんだ。失敗しちゃったんだね」

 第二王子であるミゼラルは、自室のソファにゆったりと体を沈めながら平然と笑顔を浮かべて報告を受けた。

 身長185センチの健康的な肌色をした男は襲撃失敗に動じることもなく、赤い瞳のはまった目に笑みを浮かべて面白そうにしていた。

 窓から差し込む日差しは傾いて、今日という日は失敗のうちに終わっていこうとしている。

 が、男の表情に失敗による重苦しさはなく、むしろ軽やかであった。

 豪奢な部屋には大きなベッドにシックなソファセット、凝った装飾が施されたコンソールテーブルの上には華やかな花瓶と置時計などが置かれている。

 しかし第一王子の部屋に比べたら、広さも、調度品の数々も、ことごとく劣る部屋だ。

 だからといって第二王子であるミゼラルが、特段それを気にしている様子はない。

「僕は別に兄上のことは嫌いじゃないからね。どっちでもいいよ」

 ミゼラルは21歳。

 王太子アイゼルよりも1歳年下である。

 彼は王太子になれなかった。

 だが王太子になれなかったのは年齢のせいではない。

 母が側室だったからだ。

 マリアの生家であるマグノリア伯爵家は、貴族として高い地位にいるとはいえず、政治力はもちろん財力にも乏しかった。

 マリアの類まれなる美貌により側室となり男子を儲けたものの、正妃の産んだ男子には敵わない。

 その結果、現在のミゼラルは王子という地位には居るものの、将来については不透明であった。

「国王にならなくても、公爵になってもいいし、有力貴族や他国の王族の所へ婿にいってもいい。僕は甘え上手だから、どこへ行ってもなんとかなると思うんだよね」

 第二王子であるミゼラルを王太子に担ぎ出すほどの材料は、どこにもない。

 だが伯父であるマグノリア伯爵家の現当主は、ミゼラルを国王にしてのし上がることを諦めてはいない。

 第一王子を排除できればチャンスはあるとばかりに、アイゼル暗殺を何度か企てている。

 成功はしていないが、尻尾もつかまれてはいない。

「でも伯父上は諦めないだろうな。諦めが悪いもの、あの人」

 ミゼラルはうっそりと笑った。

 マグノリア伯爵家は母の実家ではあるが、ミゼラルにとっては特別に思い入れのある家ではない。

 マグノリア伯爵に対しても、伯父という以上の思い入れがあるわけではないから、襲撃が成功してもしなくてもどうでも良か
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない   第64話 アイゼルとミカエラ

    「今日も綺麗だね、ミカエラ」「アイゼルさまも素敵です」 ミカエラは今日もアイゼルの甘い言葉を聞きながらデートをしていた。 全身をアイゼルの色に染められながら美しく装うミカエラは、以前よりもふっくらして見えた。 それでも他の令嬢たちと比べたら、だいぶ細い。「もっと太らないと」「ふふ。アイゼルさまってば、そればかりおっしゃいますね」 ミカエラが花のように笑う。 オレンジ色の光が賑やかにチラチラと散って、華やかで幸せそうだ。 アイゼルは満ち足りて蕩けるような笑みを彼女に向ける。「だって」 アイゼルはそっとミカエラの耳元に唇を寄せて囁く。「そんなに細かったら、妊娠した時に折れちゃいそうだ」「まぁ!」 ミカエラは首まで赤くなって俯く。 アイゼルは満足そうに笑うと、繋いでいた彼女の細くてしなやかな手を取って自分の腕に絡みつけるように置いた。 青い光がアイゼルの周囲でキラキラと輝く。「えっと……」 ミカエラは恥ずかしそうに俯いた。「君の王妃教育も終わったし。最近は体調を崩すことも減ったし。私は他の令嬢に構っていると怒られてしまうから……こうして会える時間も増やせるよね」 アイゼルはご機嫌だ。 2人の気持ちが通じ合って以降、守護精霊たちの守りは強くなった。 アイゼルの命を狙う企みは相変わらず数多い。 だがミカエラに気持ちが伝わったと信じたアイゼルの精神は安定し、危険を上手に回避できるようになったのだ。 その効果はアイゼルよりもミカエラに顕著に現れた。 ミカエラは体調の良い日が増え、王妃教育が終わって忙しさがひと段落ついたこともあり、見るからに健康的になってきている。 しかし冷遇慣れしているミカエラは、未だアイゼルの女性慣れしたアプローチに慣れてはいない。(真夏の庭はただでさえ暑いのに。煮えてしまいそうだわ) ミカエラは上手く回らない頭で話題を探す。「えっと……ポワゾン伯爵令嬢は、相変わらずなのですか?」「ああ。相変わらずだそうだ」 アイゼルは眉をひそめた。 イエガーの姉であるポワゾン伯爵令嬢は、相変わらず昏睡状態が続いていた。 ひとまず役目を終えたイエガーは、領地経営に力を入れている。 「ポワゾン伯爵令嬢は、王太子とのお遊びが過ぎたお仕置きに家から出られないとも、王太子に振られてショックで寝込んでいるとも噂され

  • 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない   第63話 新しい副神官

     ミカエラの周辺は変わっていった。 まず最初に訪れた変化は、朝の祈りを捧げるための道にミゼラルが現れなくなったことだ。 それどころか基本的には愛想のよい第二王子が、時折、睨むように自分を見ていることにミカエラは気付いていた。(悪い変化なのか良い変化なのかは分からないけど、何かが変わった) ミカエラの護衛は増やされ、神官たちの出迎えは賑やかになった。「おはようございます、ミカエラさま」「おはようございます、サリス神官」 ミカエラは、水色の髪と瞳を持つ美しい神官に笑みを返した。 神殿にいる神官たちは皆、美しく若々しい。 七色に輝くエド神官も美しいが、サリス神官も負けてはいない。(年齢はだいぶ差があるはずだけど。皆、若々しくて美しいから年齢なんてさっぱり分からないわ) 黒髪を持つミカエラは、神殿に来ても浮いてしまう。 灰色の髪を持つ副神官の姿が消えたため、より異質な存在となった。(男性ばかりの神官の方が美しいから、女性としては複雑)「ミカエラさまに来て頂けて、神も喜んでおられるに違いありません」「ええ。そうですとも。我々としても気にかけて頂いて嬉しいです」「一緒に祈ることが出来て光栄です」 神官たちは、ミカエラが喜ぶような事を言ってくれる。 美しい神官たちに歓迎されて、ミカエラも悪い気はしなかった。(まるで宝石か何かになった気分) 褒めそやす神官たちに下心がないわけではないことをミカエラは知っている。(副神官によって誘拐されたから、神殿もわたくしに気を遣っているわ。それは分かっていても、ちやほやされる機会なんてないもの。ちょっと気分がよくなっちゃう) 誘拐されて以来、ミカエラの環境は変わっているが、それは普通に近付いているだけで普通からも遠い。「我々はミカエラさまに、いつも感謝しております。そのお返しが少しでも出来るのであれば、ありがたいことですよ」「大神官まで。大袈裟ですけど嬉しいですわ」 大神官は神官のなかでも任期がずば抜けて長い。「ミカエラさまが居れば、王家は安泰だ」「そんなこと……」「いえいえ、ご謙遜を。代々の王太子殿下に比べて、アイゼル殿下のお健やかなことよ」 大神官はにこやかな表情を浮かべて穏やかに話す。(大神官はわたくしの異能を知っているから……) 複雑な心境で曖昧な笑みを浮かべるミカエラへ、大

  • 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない   第62話 第二王子

    「ねぇ、見たかい? 王太子の顔。笑っちゃうよね」 第二王子であるミゼラルは、ゆったりと自室のソファに体を沈めながら、側近に素のままの笑みを向けた。「あれでミカエラへの想いを隠せているつもりなんだよ。馬鹿だよね」 その表情は酷く冷たくて醜悪だ。「あんなの、愛を知らない人間からしたら鼻についてたまらないよ。デレデレしちゃっているのが丸わかりだ」 赤い瞳を妙にぎらつかせた他人には見せない笑みを、側近には隠す必要はない。「あれじゃ殺すしかなくなっちゃったね」「どちらを、ですか?」「どっちも、だよ」 ミゼラルの側近であるパムは、悪魔だ。 茶色の髪と瞳という色を持った側近は、化けている。 ミゼラルの知る彼は、ただの黒いもやだ。 子どもの頃から見えていた黒いもやは、ミゼラルが成長するほどにきちんとした実体を見せ始め、16歳になるころには側近のパムとした彼の側に寄り添った。「どうやって殺すおつもりで?」「お前がどうにでもしてくれるだろう? 何しろ悪魔だもの」「ふふ。悪魔は万能ではありませんよ」 ミゼラルにとって、この世の中は面白いほど価値がない。 だからことごとく第一王子であるアイゼルに比べて劣る待遇であっても、いささかも気にならない。「僕は兄上にも、ミカエラにも、さして興味はないけれど。愛を知る人間って裂きたくなるんだよね」「ふふ。ミゼラルさまらしいですね」  ミゼラルは母マリアから愛された覚えも、父である国王に愛された覚えもない子どもだ。 どれだけ笑顔を向けても返されることのなかった子どもであったミゼラルは、愛することを止めたのだ。 赤子には見えていると言われている守護精霊を見た覚えなどミゼラルにはない。 気付いたときには黒いもやであるパムの姿が見えていた。「愛ってムカつくよね」「そうですね」 パムは静かに相槌をうちながら、薫り高い紅茶を入れている。「片思いやすれ違いは面白いけれど、成就した愛なんて甘ったるいものは嫌いだ」「そうですね。今回のことでミカエラ嬢の悲劇性が影をひそめてしまいましたね」 ミゼラルはコクリと頷いた。「あれはいただけない。ミカエラの魅力が台無しだ」「ですが、ミゼラルさま。アイゼルさまを殺してしまったら、ミゼラルさまが国王ということになりますよ」「そうか」 ミゼラルはガバッとソファから上半

  • 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない   第61話 守護精霊と愛の話

     この王国には、守護精霊が存在する。 確実に存在する。 それは愛の数だけ存在していて、ほとんどの人間には守護精霊がついている。 しかしその姿が人間の目に映ることは、滅多にない。「愛するだけではダメだよ」 守護精霊は囁く。 愛は与えるだけでなく受け取る必要もある。 人間の目に、愛は映らない。 だから愛を与えることは出来ても、受け取ることは時として難しいのだ。「子どもはお母さんとお父さんから愛されて生まれてくるよね」「いや、お父さんから愛されずに生まれる子もいるよ」「だったらお母さんの愛は絶対だね」「いや、もっと大きな欲があれば、愛は小さくなって欲の陰に隠れてしまうよ」 守護精霊の選んだ人間が、守護精霊を受け入れるためには、愛することも愛を受け入れることも必要だ。「赤ちゃんには守護精霊がついているのに、愛されていなかったら見えないね」「そうだね。見えないね」 愛されて生まれてきた子どもには守護精霊が見えている。 子どもは愛することを恐れないから、愛し愛され、守護精霊も容易に受け入れるのだ。 でもなかには生まれた時から守護精霊が見えない者もいる。 守護精霊が見える、見えないに爵位は関係ない。 立場を選ばずに、守護精霊の見えない赤子は存在する。「親が子どもをお金目当てで産んで、愛を与えられなかったら守護精霊は見えないね」「地位が目当てで愛を与えられなかった子どもも守護精霊はみえないね」 欲の陰に隠れた愛は無いのも同じ。 「王子や王女は赤子でも守護精霊が見えない者が多いよ」 自分の立場を確実なものとするために生まれた子どもには、守護精霊は見えない。「見えなくても見えたふりはできるよね」「守護精霊は他人からは見えないからね」 愛はおろかで儚く、駆け引きの材料にされやすい。「赤ちゃんの時から守護精霊が見えない子は、一生守護精霊を見ることは出来ないの?」「そんなことはないよ。愛し愛されれば見えるようになるよ」「愛を受け取ることも、愛を与えることも出来ない人は一生見えないんだね」 守護精霊が見えなくても生きてはいける。 しかし見えれば有利に生きることはできるのだ。「守護精霊はみんなについているの?」「みんなではないよ」「じゃあ、何にも守られていない子もいるんだね」「違うよ」 赤子の時から愛されることも、愛

  • 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない   第60話 戸惑いのミカエラ

     ミカエラが副神官たちにより攫われたことは秘密だ。 だから粛々と行われた処罰は、それと分からない形で行われていった。 当事者であるミカエラも、知ることが出来ることもあれば、知ることのないこともあった。(副神官の処罰が、あのような形で行われるとは) ミカエラはブルリと震えた。「ん? 寒いのかい? 今日はどちらかといえば暑いと思うが」 アイゼルはミカエラの肩へそっと手を回して自分の方へ引き寄せた。  誘拐の一件以来、ミカエラと秘密の共有に成功したアイゼルは彼女との時間を増やした。 表向きには【婚約者がいるにもかかわらず下半身の軽い王太子】を【罰するため】の【教育的な指導として婚約者と触れ合う時間を増やす】ということになっている。 だがその実情は普通の恋人たちがするようなデートと変わらない。 今日はそんな【懲罰的デート】の日である。 ミカエラとアイゼルの2人は王城の庭園を散歩していた。 ミカエラの後ろには白い日傘を差し出す侍女ルディアの姿もある。 彼らの周囲には護衛もしっかり配置されていた。 この国は陰謀に満ちている。 発覚した陰謀の全てを知り、その処分の行く末の全てを把握している者などいない。 それでも時は過ぎていき、王国の歴史は刻一刻と新しく刻まれていく。「ミカエラ? どうかしたの?」 美しい王子さまが彼女を覗き込む。「いえ、何でもありません」 笑顔でそう返事をしたミカエラ自身が、その言葉は嘘だと知っている。 真実を教えられた後も、ミカエラのなかには漠然とした不安があり、それは消えない。(わたくしは、どこへ流れていくのかしら?) その答えを知る者はない。

  • 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない   第59話 処刑

     副神官は手足を拘束され、猿ぐつわをはめられた状態で輿に乗せられた。 輿には薄絹のカーテンが掛けられ、その外側にはジャラジャラとした飾りが下げられた。 綺麗に飾り立てられた輿は、中からは外が良く見えるが、外からは中が暗く影になっていて見えない。 神殿の外には神官が命ある身を生きたまま神に捧げる尊い儀式が行われるとの噂を聞きつけた民衆が集まっていた。「副神官さまだー」「みずから神の近くへ行かれるとはっ」「素晴らしい神官さまだー」「ありがたい」「ありがたい」(なんのことだ⁉ 私はそんなことを承知していない) 輿の中で暴れようとした副神官だったが、手足を拘束された上、拘束具から繋がる鎖の先を輿の内部にガッチリとくくりつけられていて逃れられない。 バタバタと暴れたところで、その不穏な物音は民衆の歓声に呑まれて消えた。 叫ぼうにも口には猿ぐつわを嵌められていて声など出せない。(私はどこへ⁉) 副神官の動揺など全く関心のない輿の担ぎ手たちは、粛々と目的地目指して進んでいく。 輿を見守る民の目は爛々と輝いていて、それは狂気すら感じさせる信心だった。(どういうことだ⁉ 私を称えるなら、私を助けろ!) いっそう高い歓声が上がる。 建物も揺るがす大きな声で、副神官の乗る輿もガタガタと揺れた。「おお。輿が建物にはいるぞ!」「神殿の奥だ!」「神に最も近い場所だ!」「素晴らしい! 副神官さま! 忘れません! 我々はあなたの尊い偉業を忘れません!」「ああ、忘れませんとも!!!」「副神官さまー!」(助けろ! 私を助けろ!!!) 副神官の想いは空しく、口々に褒め称え歓声を上げる群衆たちに見送られて輿は建物の内部へと入っていく。(助けろ! 私を助けろっ! 助けてくれぇぇぇぇぇ!) 副神官も、その話は知っていた。 神のみ元へ生きたまま昇るという尊い儀式の噂は聞いていたし、実際に実行されたところを見たこともある。 副神官自身、建物の外にいる民衆のように歓声を上げ、感動の涙を流して輿を見送ったことがある。(あれが……処罰の方法だったと⁉ そんな話は噂にも聞いたことがないっ!) 争い絶えず権力のバランスをとるのが難しい国にあって、全ての事実を下々の者が全て知ることはない。(だが私は副神官だぞ⁉ そこまで出世したというのに……その私が、こんな

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status